法華経一部読誦講習会 in WEST

一々文々のオウム返しによる一部経読誦の講習会です。令和元年より関西でも開講しております。

講習会はカナ無し経本です。

仲間に「一緒に一部経を読みましょう」とお誘いすると、「カナ付きの経本でないと読めない」とお答えになる方がいらっしゃいます。

カナ付き経本の是非については色々なご意見があろうかと思いますし、今後もコラムを書いて考えていきたいと思いますが、当講習会では、受講される際は必ずカナ無しの経本で受講頂くように指定しております。

私個人の意見としましては、自分もカナ付きの経本で読み始めましたし、カナの有無に関わらず、一緒にお経を読む仲間が増えればうれしいな、と単純に考えます。

ですが、やはり「正しくお経を読もう」と考えると、経本はカナ無しが好ましいと思います。

 

前回のコラムのように、経文には日常の漢字とは異なる読みをする箇所も多く、また難解な漢字も多数出てまいります。そんな時、カナ付き経本は便利です。

しかし、カナだけを目で追っていると、様々な問題も生じてきます。

 

よく話題に出るのは、「シュウ」とか「ショウ」がパッと見て区別できず読み間違う、というトラブル。お経の速度が上がると、尚更カナの判別が難しくなります。

また、「ちゅうじゃくしゃくびゃくどう」「びゃくろうぎゅうえんじゃく」のように、漢字の丈に収まるようにルビを振るのが難しい場所もあり、今どの文字を読んでいるのか迷子になってしまうこともよくあります。

それから、カナでは経文の意味が全く伝わりません。字にはそれぞれ意味がありますから、漢字を見ればそれなりに経文の意味を察することが出来ますが、カナだけを読んでいると、それはもうただの呪文のようになってしまうのではないでしょうか。

 

そして何より、経本にカナを付ける際、正しく音を表記できないという難点があります。

例えば「妙」も「明」も、どちらも「みょう」と読みますが、これにカナを振ると「妙」は「メウ」、「明」は「ミャウ」となり、実はその発音には違いがあることがわかります。他にも「方(ハフ)」と「法(ホフ)」等、今の私たちには読み分けが出来ない文字がいくつもあります。

日蓮聖人や宗門古来の先師方はキッチリと読み分けておられたでしょう。一体いつの時代から読み分けられなくなったのか、悔しく思います。ですが、今の私たちが読み分けられないからといって、どちらも「みょう」と記してよいか、というと、判断の分かれるところでしょう。

英会話でも、カタカナ読みではなくネイティブな発音の習得を皆さんが目指されるように、私たち僧侶もまた、常に正しいお経の発音を追い求め、精進を重ねていくべきではないかと思うのです。

 

意を尽くせず駄長文になってしまいましたが、今日の結び。

私のようにほぼ独学でお経練習を始めた方もいらっしゃると思いますが、ご縁があって指導者よりお経を習うことができる方は、是非ともカナ無し経本で習って頂きたいと思います。